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刀剣女子&男子必見!京都・亀岡の刀工 将大さんに聞いた「日本刀の楽しみ方」

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世は空前の刀剣ブーム――。
年末の紅白歌合戦でも刀剣男士が大活躍し、社会現象を巻き起こしている日本刀
武士の時代は人々の身近にあった日本刀ですが、今や美術工芸品。その刀剣がなぜ今の時代、こんなにも注目され熱い支持を得ているのか……それは、日本人と刀との間にある深い関係性にありました。

本日は京都・亀岡の刀工 将大(まさひろ)こと、中西裕也さん刀の基礎知識&日本刀の楽しみ方を聞いてきました!

亀岡市郊外にある将大鍛刀場へ

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という訳で、12月某日、刀工がいらっしゃる京都府亀岡市へと向かいました!
カーナビを頼りに向かうは亀岡市の郊外……山や森が近い里山エリアで、ほのかに薪の香りも漂う静かな環境です。
ライターという仕事柄、いろんな伝統工芸の職人さんと会う機会が多いですが、刀鍛冶に携わる方は初めて。刀工は国家資格であり、全国に300名ほどいると言われていますが、実際に刀工として活躍しているのは100人にも満たないそう。京都府内でも数少ない、とてもレアな職業です!

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こちらの方が、刀工「将大(まさひろ)」・中西裕也さん。
「将大」とは、正宗(まさむね)や村正(むらまさ)、則宗(のりむね)といった刀鍛冶としての名称のこと。中西さんは自分の師匠から1文字もらって、刀工名を「将大」としました。
京都府南丹市出身、1984年生まれ。福島で7年間、刀工になるための修業をし、独立後の2014年に、この亀岡の地で鍛刀場を構え、これまでにおよそ80本ほどの現代刀を作り出してきました。

努力の人・中西さんの刀工ヒストリー

まずは、中西さんにどうして刀工になったのかをお聞きました。
「小さい頃に、ちゃんばらごっこってやりませんでした?紙や木で刀を作って遊ぶこと、僕のルーツはあれです。漠然とですが幼少期から刀というものに惹かれていて、中2の時に京都国立博物館で本物の日本刀を見た時に“きれいだなぁ”と見惚れて、将来は刀工になろうと決めました。」

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父は工務店の経営者で、母は公務員。刀剣とはまったく無縁な環境で育った中西少年ですが、刀工になりたいという気持ちはとても強く、自力でいろいろ調べたのだそうです。
刀工になるためには、①師匠の元で5年以上修業すること②文化庁が主催する『美術刀剣刀匠技術保存研修会』の実地試験を受けること、この2つが必要です。
中西少年は、高校卒業後に刀工の弟子になるべく刀屋さんに行って紹介してもらうなど師匠となってくれる人を探しますが、まず見つかりませんでした……。当時はネットも今ほど発達していないかったため調べる術もあまりなかったと言います。

また、弟子になるにもお金がいる(刀工の弟子はお給料がでない)とのことで、中西少年はまずは資金を作ることを決め、高校卒業後は三重県の自動車メーカーで働きながら、夢を諦めずに師匠を探す生活を続けました。後に師匠となる福島の刀工・藤安将平氏とは手紙を通じて交流を深め、20才のときに師匠がいる福島市へ行くことになります。

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第一段階の「弟子にとってもらう」が一番の難関だという中西さん。入ってしまえば自分の頑張り次第でなんとかなるそうです。
福島の藤安将平刀工の元で7年間修業した後に、「将大」として独立しますが、ここで第二の難関「仕事場を持つ」という壁が立ちはだかりました。刀鍛冶をやるためには、大きな道具を設置したり火を炊いたりする仕事場と、作業音もするため広い土地が必要なのだそう。
故郷である京都へ戻った中西さんも、鍛刀場になる場所を探して1年近く府内を歩き回って探したと言います。

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亀岡の今の場所は、昼夜問わず音を出せる環境を探して府内各地を見てまわっていた時に偶然見つけた場所なのだそうです。いい空き家を見つけた!と思っていたら、そこがなんと中西さんのお母さんの知人が所有する家屋だったそうで、ちょうど売りに出そうとされていたタイミングと聞き、御縁を感じてこの元・造園業の家だったという大きな古民家と、土地を購入しました。改修を重ねて、2014年10月、念願であった自分の工房「将大鍛刀場」を開きます。
京都での刀工登録はなんと19年ぶり。亀岡に新しい刀工さんが来た!との明るいニュースに、地元も大喜びだったそうです。

刀剣ブーム到来!そもそも日本刀って??

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今、日本中が沸いている刀剣ブーム。オンライン発のゲームで人気に火がつきましたが、そもそも「日本刀」について、皆さんどれだけご存知でしょう??

日本刀とはそもそも反りがある刀のことで、初めてその存在が確認されたのは平安時代の末期、つまり武士の時代の始まりの頃だと言われています。日本刀のルーツには諸説ありますが、有力と言われているのは征夷大将軍・坂上田村麻呂が奥州征伐に行った際、奥州勢が湾刀(わんとう=反りのついた刀)を持っておりすごく強かったことから、都でも作ることにしたという説。それまで直刀しかなかった刀に加えて、反りのある刀が作られたようですね。(重ねて言います!諸説あり!!)

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一口にと言っても、その呼び名は刃の部分の長さや、時代によって違ってきます
1尺=30,3センチですが、1尺未満を短刀1〜2尺が小太刀(〜南北朝時代)または脇差(室町以降〜)、2尺以上を太刀(〜南北朝時代)または(室町以降〜)と呼ぶようになったそうです。
時代背景も違いますが、いちばんの違いは「反り」で、反りがいちばん強かったのが太刀だと言われています。

刀は現代で言うところのスマホ!? 時代の最先端を走っていた刀鍛冶

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歴史的に見ると、日本人と刀には密接なつながりがあります。これは実は、宗教(神道)の影響が大きいそう。
日本人は神社へ行くと、参拝後にお守りを買いますが、これはご利益(そこに宿っている神様)を持ち帰るという行為で、日本人特有の“ものに神様がいる”という考えです。
外国の方にとってはただの武器ですが、日本人は刀に神様が宿っていると考えていました。
昔は戦(いくさ)が身近にあり、戦に行く時は神様に守って欲しい――それが刀であり、自分のできる限りを尽くして研ぐことで、神様に守ってもらえると考え、安心していたのだそうです。日本人は刀に対して特別な思い入れがあり、文化として根付きました。

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武士の時代、刀鍛冶は時代の最先端を走っていたそうで、今で言うIT。刀はスマホのようなものだったそうです。
最先端のものは時代背景に影響されます。良いものを早く安く大量に作れたところが勝つのはいつの時代も同じ。刀鍛冶に刀を作らせていたのは「戦」という社会的要因でした。そしてスマホと同様に刀も、刀鍛冶だけでなく、彫師や研師、鞘師などさまざまな別の職人によって作られた集合体なんですね。
刀を磨くための石もちょうど日本で産出され、総合的に全部が合致して日本刀が国内で量産されるようになりました。

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戦国時代は、刀よりも弓矢や槍など遠方にいても敵を攻撃できる武器が重宝されていました。
幕末になると、争いの場所がまちなかに移るため、長い槍などは使いづらくなり、刀が重宝されるようになってきます。幕末は刀が日の目を見た最後のチャンス!ということで、生産量も多かったそうです。

日露戦争や第二次世界大戦時にも軍人は刀を持ってはいますが、昔からの伝統、そして刀を所有のする一番の理由は前述のとおり、お守りとしての役割です。そのため戦後、GHQは武士の精神を取り払うために日本刀を規制したのです。以降、日本人から刀は遠くなっていきましたが、美術工芸品や文化として、現代に残ることになります。

日本刀ってこうやって作られる!!

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日本刀は、作る行程が非常に複雑なため、ごくごく簡単に説明します。
まず、刀の原料となるのは、砂鉄と炭を用いて作られた玉鋼(たまはがね)です。
※良質な砂鉄は中国地方でよく産出されており、奥出雲のたたら製鉄が有名ですね。

その玉鋼を、刀鍛冶が槌などで叩いて圧力を加え、強度を高めながら刀の形に成形します(現代の刀工・中西さんはスプリングハンマーを使って叩いています)。
形が出来たら、装飾する彫師、鞘を作る鞘師、刀を研ぐ研師などの行程を経て、1本の日本刀が出来上がります。
現在は法律で、月2本までしか日本刀は作れないのだそうですが、将大鍛刀場では半年先まで、刀の制作予約が入っているそうです。

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中西さんの手を見せてもらいましたが、大きくてとにかく皮が厚い。指の節も、普通の人よりも四角く張っています。1300度もの高温で燃え上がる炎の加減を「ふいご」で操り、鉄の状態を見極めながら大きなスプリングハンマーで鉄を叩きあげるのは並大抵の仕事ではありません。お弟子さん時代は、動力で可動するスプリングハンマーではなく、7〜8キロの槌を連続100回ほど打って鍛えていたそうです。
10年以上、この道に邁進してきた職人としての心意気は、この手に表れていました。

刀工直伝!日本刀の正しい見方

刀についての基礎知識を学んだ後は、刀剣の楽しみ方について教えてもらいました。
刀の見方がわからないと刀の面白さはわからないそうなので、皆さんぜひ刀とはどこを見るべきなのかを知ってくださいね。

①まずは、形を見る!

f:id:kyotoside_writer:20190106210606j:plainまずは、刀の反り具合や地金(鉄の風合い、とも言います)をじっくり眺めます。
肌とは、玉鋼を折り返し鍛錬した結果刀の表面の黒い部分に表れる、細くて白い模様です。木の断面に似ていることから、真っ直ぐな柾目(まさめ)、山や波のような板目(いため)、同心円状のような杢目(もくめ)など、木材用語で呼ばれています。下の写真は、板目と杢目の間くらい。
刀は近くで、いろんな角度からクローズアップしてみると、だんだんとその面白さが見えてきます。 

②次が、刃文の美しさ

f:id:kyotoside_writer:20190107083146j:plain次に見るのは、刃文(熱処理をもって白く硬い部分と、硬くない刃の黒い部分を分けたもの)です! これは、刀に土を塗り分けて、白くて硬い部分には厚く、黒い部分には薄く塗ります。この境目をまっすぐにしておくと直刃(すぐは)というまっすぐな刃紋になります。厚い部分と薄い部分の境目を乱れさせておくと、乱れた刃文(乱刃:みだれば)ができます。これは、水に入れて冷やしたタイミングで土が薄い部分は早く冷え、分厚く塗った部分は冷えるのに時間がかかるため、少しの差ですが、硬く変化します。

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一番大事なのが、刃文がどのように輝いているかだと中西さんはおっしゃいます。
日本刀を持って、室内のライトに当てて反射させ、これでどう光っているのかを見ます。ここでより光る刀が名刀と言われています。名刀の条件は、形もですが一番の重要なポイントは刃文がどれだけ輝いているか――「刀は、光の反射や輝きを楽しむもの」なのだそうです。
ちなみに豆知識……刀は、それ専門の写真家がいるくらい、写真を撮るのが難しい工芸品です。

刀工としての悲願――鎌倉時代の刀を再現したい

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中西さんの現在の目標をお伺いしたところ、「鎌倉時代の刀を再現したい」とのこと。
これは中西さんのみならず、全ての刀工が追う夢なのだそう。なぜかというと、鎌倉時代の刀は美術品としての価値が最も高いもの、なのだそうです。

刀の作り方は口伝で受け継がれてきたもので後世に残りづらく、時代の最先端を走ってきた技術であったがゆえに日々作り方もアップデートされ、鎌倉時代の刀そのものは残っていても、その作り方はもうこの世に残っていないそう。素材となる鉄も、製鉄技術も違うものなので、刀の美術品としての価値が高まってきた江戸時代に一度再現する動きがありましたが再現できず、現代に至るまで再現方法の模索が続いています。

ちなみに……日本刀ってどんな人が買うものなのかをお聞きしたところ、お医者さんや社長さんが多いとのこと。趣味で購入される方もいますが、多くの方が「昔の刀を再現して欲しい」という願いや期待を込めて、援助で購入されるのだそうです。なにやら、ロマンを感じる話ですね!

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現在、月に2本の日本刀(短刀だと月3本)を作りながら、一般の方が参加できる小刀作りの体験を通じて日本刀の魅力を伝えている刀工将大こと中西裕也さん。刀作りに心血を注ぐ熱い職人魂を持ちつつも、その素顔は、奥さまと愛犬メリーちゃんを大事にされているとってもハートフルな方でした!

ちなみに、この日はビザ申請のために帰国中とのことでお会いできませんでしたが、なんとノルウェー人のお弟子さんもいるそうです。日本刀の魅力もグローバル化しつつありますね!

素敵な刀工さんに会ってお話を聞きたい、小刀作り体験をしてみたいという方はぜひ、亀岡へお越しくださいね!

■■INFORMATION■■

将大鍛刀場(まさひろたんとうじょう)
住所:京都府亀岡市本梅町西加舎石敷32−1
アクセス:JR嵯峨野線亀岡駅からタクシーで約30分
※周辺にコンビニ・食事処等はありません。
備考:オーダーメイドの日本刀製作は120万〜

【体験案内】

京都で唯一の刀工に学ぶ

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日本刀の文化を一日かけて学び、一歩踏み込んだ体験をしてみませんか?形や素材(玉鋼や現代の鉄)を選び、自分自身の手で鋼を打ち延ばし、小刀を作ります。鍛錬した玉鋼を使うことで、小刀に日本刀独特の地肌も見ることも!

金額目安
1万6000円〜5万8000円
※日本刀と同じ玉鋼を使用するプランは3万6000円
詳しくは、森の京都DMOへお問い合わせください!
TEL:0771-22-9800
https://morinokyoto.jp/?s=%E5%B0%86%E5%A4%A7%E9%8D%9B%E5%88%80%E5%A0%B4

 

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