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講談師と行く!亀岡市で明智光秀をめぐるツアーに参加

f:id:kyotoside_writer:20210420173255j:plain「森の京都」エリアのひとつ亀岡市。湯の花温泉に保津川下り、雲海があり、明智光秀が治めた丹波亀山城などと自然と歴史が豊かな町です。先月、森の京都DMO主催で亀岡市を「明智光秀の丹波平定に隠されたエピソードで巡る」ツアーが開催されました。しかも特別に講談師さんがバスの中や見学スポットで明智光秀にまつわる講談を語ってくださるという面白い趣向。どんな発見があるのかワクワクの旅を通して、新たな亀岡市の魅力をご紹介します。一緒に旅気分をお楽しみください!

動画でもお楽しみいただけます!▼ 

 

旅のスタートは京都駅八条口から

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左・お弟子さんの玉田玉山さん、右・四代目玉田玉秀斎さん

本日、講談をしてくださる四代目玉田玉秀斎さんは今を時めく大阪の講談師。玉秀斎さんは、ちょっとユニークな活動をされていて、寄席や劇場で講談するだけでなくブラジルでポルトガル語講談、アメリカのボストンにて英語講談、上海では中国語講談など世界各国で講談し、またジャズとコラボレーションする「JAZZ講談」を行うなど、古典を踏まえながらもユニークで親しみやすい話が魅力です。今日はお弟子さんの玉山さんと共に講談とトークを行ってくださるので、とても楽しみです。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420171954j:plainまずはバスの中で講談や、その歴史についての話からスタート(大手出版社の講談社って実は講談の速記本を出版していたことに由来すると知って驚き!)、そして明智光秀の生涯についての二人の快活なトークにマスクゆえに大きな笑い声は出せないながらも社内の温度は温まってまいりました。続いて、玉山さんの山崎合戦における明智左馬之助湖水渡りの「修羅場読み」(激しい戦いの場面を張り扇を叩きつつリズムよく読み上げる、講談独特の話法)を楽しみながら、バスはだんだん山の中へ入っていきます。

 

誰にも教えたくない苔と紅葉が美しいお寺 法常寺

f:id:kyotoside_writer:20210420172548j:plainバスは最初の目的地、法常寺(ほうじょうじ)に到着しました。こちらは江戸時代初期、後水尾天皇に近侍した臨済宗の僧・仏頂国師・一絲文守(いっしぶんしゅ)が草庵を結んだのが始まり。府道から少し山の中へ入るのですが、道路からはここにお寺があるなんて全く分かりません。どんなお寺なのかと山の中へと参道を歩いていくと、

 

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f:id:kyotoside_writer:20210420173255j:plain目の前に現れた光景にびっくり! 目の前に広がる苔と青紅葉、そしてお城のような素晴らしい石垣。あまりの美しさに息をのんでしまいました。さすがは後水尾天皇ゆかりのお寺。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420172556j:plain「ここからの紅葉がとても美しいのですよ」とご住職。次々と現れる素晴らしい景色に圧倒されっぱなし。青々とした苔と石垣に初夏の青紅葉や秋の紅葉が映ると、さぞかし美しいことでしょうね。

 

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京都府の名勝に指定されている庭

法常寺は元々、谷だったところを埋め立てて建てられたそうで、庭の右側にある大きな一枚岩はその名残なのだそうです。奥に見える立派な門は勅使門。勅使門とは天皇や天皇名代が通る門のこと。この門があるというだけでも格式あるお寺だということが分かります。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420172602j:plainお寺には後水尾天皇の手紙や天皇自身が作られたという水指、光格天皇から贈られた美しい虫篭、孝明天皇から贈られた壺など、皇室ゆかりの寺宝を数多く所有し、その一部を拝見することができます。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173057j:plain後でバスの中で聞いた話によると、東洋文化研究者のアレックス・カー氏も誰にも教えたくない場所とおっしゃったとか。確かに! 秘密にしておきたくなるような素晴らしいお寺でした。

 

桔梗紋の入った「明智門」が残る、谷性寺へ

f:id:kyotoside_writer:20210420173430j:plain法常寺の余韻に浸りながら次の目的地、明智光秀の首塚がある谷性寺(こくしょうじ)へと向かいます。車窓からは波多野与兵衛尉秀親の居城・数掛山城(たんば かずかけやまじょう)など、山城を持つ山がいくつか見えました。波多野氏といえば明智光秀の丹波攻略で落城したお城。移りゆく盆地の田園風景と山々を眺めながら光秀が活躍した当時の景色に思いを馳せます。

 

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f:id:kyotoside_writer:20210420173416j:plainのどかな風景を見ながら本堂へ。ご住職によると、かつてお堂は山の上にあり、かなり大きなお寺だったのだとか。また、亀山城下町にあった桔梗紋入った門「明智門」が移築され、山門として使われています

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173415j:plain光秀は、こちらのご本尊である不動明王を篤く信仰していました。本能寺の変の際には「一殺多生の降魔の剣を授けたまえ」と誓願し、本懐を遂げたといわれています。そんなことから家臣に自分の首を谷性寺の近くに埋めるようにと託したのだとか。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173419j:plainこちらでは丹波平定を果たした光秀が谷性寺に埋葬されるまでの講談を聞きました。谷性寺の不動明王のお姿に心を打たれ、信長のやり方に疑問を持つようになった光秀は本能寺の変へと向かいます。そして山崎の戦いに敗れ、光秀の頼み通り家臣が首を谷性寺へ運んだのです。実際の地で話を聞くと、光秀や家臣の思いが伝わってくるようで、しんみりとしてきます。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173417j:plain谷性寺は光秀の家紋でもある桔梗の花も有名で、毎年6月末から7月末、5万本の桔梗が咲き乱れる「ききょうの里」が門前に開園し、多くの人で賑わうんですよ。

 

時代劇にも登場する代官屋敷で光秀も食べた?!料理を

f:id:kyotoside_writer:20210420173927j:plainさて、光秀に見送られているような気分で谷性寺を後にし、再びバスへ。道中、丹波ならではのイノシシ肉屋さんや砥石を採掘している山(亀岡市は現在でも天然砥石が産出される国内有数の貴重な産地なのです)、光秀が八木城を攻める際、戦勝祈願をしたと伝わる岩城神社の前を通過し、バスは一路、へき亭へ。

亀岡市にある天然砥石館の記事はこちら

f:id:kyotoside_writer:20210420173948j:plain今日はこちらでお昼をいただきます。へき亭は、かつての代官(君主や領主に代わって任地の事務を司る役)屋敷を活かし、1日数組限定で京野菜や地鶏など地元の食材をふんだんに使い、光秀公が食べたであろうといわれる再現料理「武将めし」などがいただけます。女将さんによると、「へき」とは苗字なのだとか! 漢字で「日置」と書くそうで、丹波亀山藩ではなく江戸幕府旗本津田藩の代官だったのだそうです。そして弓道、日置流の祖ともいわれています。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173947j:plain立派な土垣土塀や長屋門は江戸時代のまま。敷地は約600坪もあり、主屋も江戸時代に建てられたものだそうです。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420173951j:plain風情ある門前の道は京へ通じる旧街道で、時代物の映画やTVドラマに頻繁に登場するのだとか。ぜひテレビ等でチェックしてみてください。結構、映っていますよ。ちなみに女将さんが話してくださる撮影時の秘話も面白かったので、興味のある方はぜひ訪ねてみてくださいね。

 

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器も昔のものを使っていて素敵です

さて、本日いただくお料理は「ガラシャ膳」2750円(ランチ限定)。名物「へき亭鉢」の甘く、やわらかく炊いた大きなニンジンが絶品です。その他、旬菜の盛り合わせ、京都府のブランド豚 京都ぽーくを使った「ポークの陶板焼き」、地元の地鶏丹波黒どりを使った「黒とりと畑しめじのお鍋」(ちなみに本日は京丹波大黒本しめじでした!)、「鶏の五色あられ揚げ」などなど贅沢な内容。

 

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猪料理に見立てた「ポークの陶板焼き」が付きます。アツアツで美味しかった~

その後は玉秀斎さんによる「光秀を支えた家族の話」を講談で楽しみます。仲間を集めての酒宴を持ち回りでしていた光秀ですが、自分の家の番になっても料理を用意するお金がありません。それを見かねた妻・煕子が「問題ないですよ」と宴の準備をするのです。当日、みんなの評判を集めた料理が、具だくさんの猪肉入り味噌汁。光秀が「どうやってお金を調達したのか」と問うと、姉さんかぶりを取った煕子の見事な黒髪は短くなっており、髪を売ってお金を得ていたのでした。

ちなみに、へき亭では冬は猪料理もいただけるそうですよ。また、ご主人が焼く自家製パンも販売していて、こちらも人気なんです。お弟子さんの玉山さんも気になる!とおっしゃっていた、たっぷりブドウのパンが美味しそうだったな~。

 

築城当時の地形がよく残る丹波亀山城へ

f:id:kyotoside_writer:20210420174527j:plainさて、お腹が満たされたところで一行は光秀が築城した丹波亀山城跡へ。現在、宗教法人大本の聖地になっていますが、大本本部みろく会館の総合受付で神苑拝観券を購入すると城跡を見学することができます。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420174007j:plainこちらで本日最後の講談を聞きます。天正3(1575)年、信長から丹後平定を申しつけられた光秀。度重なる戦の最中、石山本願寺にも参戦することになります。各地での戦続きで病に倒れますが、そんな折、最愛の妻・煕子が病死。しかし翌年には丹波攻めが再開。天正7(1579)年に波多野を打ち、赤井を降伏させ、約5年もの年月をかけて丹波を平定したのでした。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420174010j:plainここでは亀岡市文化資料館の学芸員・飛鳥井さんに案内していただきました。丹波亀山城は先ほどの講談にあった丹波平定の拠点として築かれた城。保津川を北に望む丘に築かれ、本能寺の変の時もここから出陣しました。「保津川の河岸段丘を利用して築いたといわれています。城からは水運の良い保津川にアクセスしやすいですが、敵から攻めにくい構造になっています」と飛鳥井さん。確かに城跡内を歩いてみると緩やかな傾斜があることを感じます。

 

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石垣に刻まれた天下普請時の刻印

お城はその後、羽柴秀俊(小早川秀秋)、前田玄以らによる修築を経て、慶長15(1610)年、岡部長盛の代に天下普請により城郭が完成。この時、城づくりの名手といわれた藤堂高虎が今治城の木材を運び入れ、五層の大天守が造営されました。

 

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明治維新後の廃城令によりお城は解体されましたが、大本により石垣などが修復されています。「下から三段ぐらいが元の石積みで、それから上は後に積みなおされたものですね」。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420174334j:plain先ほど、丹波攻めを講談で聞きましたが、丹波攻めのクライマックス付近、降伏した波多野氏が安土城に連行される時、この丹波亀山城にも連れてこられたのだそう。その頃は、天守閣はありませんが、この地に来たのだなと思うと感慨深いものがあります。「丹波亀山城跡の魅力は築城当時の地形が良く残っていることですね」と飛鳥井さん。確かに、河岸段丘の傾斜や薬研堀の後などもしっかり残っているので、地形好き、お城好きな方にもおすすめです!

 

亀岡盆地と雲海が見渡せるお寺、千手寺へ

f:id:kyotoside_writer:20210420174600j:plainさて、最後の目的地は獨鈷抛山 千手寺(とこなげさん せんじゅじ)。山の中にあり観光バスでは上がれないので途中でマイクロバスに乗り換え、お寺の下へ。さらに長い階段を上った先にお堂があります。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420174442j:plain寺伝によると弘法大師の開創といわれ、唐で密教の奥義を伝授された大師が帰国に際し、日本に向かって仏具の「独鈷(とっこ)」を投げます。帰国後、その行方を奈良の春日神社に伺い、神託により白鹿に導かれて、この地に来られたのだとか。だから獨鈷(独鈷 とっこ)抛(な)げ山と呼ばれるのですね。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420174441j:plainまた、古くより「眼病」に霊験あらたかな寺として親しまれ、境内から湧き出る水を飲んだり眼を洗うと眼病が治るといわれています。

 

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ご住職のお話も面白く、「よく、八木城を攻める際に当寺を明智光秀が拠点にしたといわれますが、当寺では内藤側(八木城)の陣所になったと伝わっています。山中には砦跡の石垣があるという情報もありますが、お寺にはそのような言い伝えは残っておりません。私も行ってみましたが田んぼの石垣ですね(笑)」。でも、ここからの景色を眺めていると、そんなロマンを想像したくなるんですよね~。特に山門からの景色が素晴らしく、お寺のHPからはここからの眺望がライブ配信されています。

 

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f:id:kyotoside_writer:20210420174431j:plain帰り際、「ここからの眺めも良いですが、もう一つ上へ上った山から見る景色がいいんですよ」ご住職。えー!階段を上がるだけでもキツかったのに、上がるの?とチラリと思っちゃいましたが、いやいや、これは登る価値ありです。条件が整えば雲海が見られますよ。「保津川(左)の方から盆地へ流れてくる雲が素晴らしいですよ」とご住職。

 

f:id:kyotoside_writer:20210420175027j:plain帰りのバスは玉秀斎さんと玉山さんの振り返りトークタイム。玉秀斎さんも今回の旅に合わせ、おおよその講談の筋は考えて来られたそうですが、現場でご住職の話を聞いたり、土地の空気を感じたり、人々と触れ合う中で聞いた「土地に残る物語、大切にしている物語」を盛り込み、即興も交えて話されたのだとか。「ああ、この土地だからこういう物語ができたのだなと感じますね」と玉秀斎さん。確かに教科書や物語を読んだだけでは分からない、その場を訪れたことで感じる空気感や臨場感がありました。そして亀岡市の魅力的をもっと知ることができた、とても良い旅でした。
まだまだ知らない魅力的なスポットが沢山ありそうです。また、ゆっくり訪れてみたいな~。

 

■■INFORMATION■
法常寺 
京都府亀岡市畑野町千ヶ畑藤垣内1
0771-28-2243
参道は自由。本堂、庭園の拝観は電話にて要予約
拝観時間:9:00~17:00
拝観料:500円

 

谷性寺 
京都府亀岡市宮前町猪倉
0771-26-2054
9:00~17:00
拝観料:無料

 

へき亭 
京都府亀岡市千歳町毘沙門向畑40
0771-23-0889
11:30~14:00、17:00~21:00(前日までに要予約)
土・日曜日はカフェもオープン
11:00~16:00(予約不要)
休み:木曜日

 

丹波亀山城跡 
京都府亀岡市荒塚町内丸1
0771-22-5561(大本本部総合受付)
9:30~16:30
見学は神苑拝観券300円(中学生以下は無料)が必要

 

獨鈷抛山 千手寺 
京都府亀岡市薭田野町鹿谷大タワ7
0771-23-1434
境内自由

 

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