
画像提供:松竹
日本最古の歴史を誇る劇場であり、400年以上の歴史を持つ歌舞伎の聖地「南座」。2025年は映画『国宝』で、歌舞伎やその演目が行われる劇場そのものが大きな話題となりました。
今回は、昔の芝居小屋の趣を今に伝える南座の建物や、脈々と受け継がれてきた伝統をご紹介します。
※記事中の情報はすべて2025年12月時点のものです。
まずは南座の歴史をご紹介
南座を訪ねる前に、少しだけその歴史を紐解いてみましょう。
南座が四条大橋のたもとに建てられることになったのは、関ヶ原の戦いから数年後の1603(慶長8)年、出雲の阿国(おくに)が京都でかぶき踊りを披露したことがきっかけでした。

かぶき踊りとは、簡単にいうと奇抜な格好をして踊る踊り。この踊りが大変な人気を博したことから、四条河原周辺には芝居小屋が立ち並び、かぶき踊りに似せた女歌舞伎や「操り」と呼ばれる人形遣いが数多く上演されるようになります(写真は四条大橋のたもとにある出雲阿国像)。

『阿国歌舞伎図屏風』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
その後、元和年間(1615~1623)に、数ある芝居小屋のうち7座が京都所司代により官許(かんきょ=幕府が許可すること)され、そのひとつが南座でした。当時、四条通の南側には南座を含む3座、北に2座、大和大路を上がったところに2座があったといわれていますが、度重なる火災や時代の流れにより5座は無くなり、1893(明治26)年に北座が廃座となると、四条河原界隈における芝居小屋は南座だけとなりました。(写真は阿国歌舞伎の様子を描いたもの)
和の風情とモダンさを併せ持つ建物

画像提供:松竹
それでは建物を訪ねてみましょう。南座は正面に立派な唐破風を置き、欄干や四角い窓が印象的な和風の建物ですが、実は1929(昭和4)年に建てられた地上4階・地下1階の鉄筋コンクリート建築です。
1991(平成3)年に設備などを一新して近代劇場に改修。さらに2018(平成30)年には耐震補強をし、外観を保存再生して美しくよみがえりました。そう聞くと伝統建築の中にどこか近代モダンさも兼ね備えている感じがします。
建物は1996(平成8)年に国の登録有形文化財に登録。その後、京都市の歴史的意匠建造物にも指定されました。

正面に立つとまず目に入るのが、南座のシンボルともいえる大提灯。直径約120センチ、高さ約200センチという大きなもので、京都の老舗提灯店・小嶋商店が手掛けているのだそうですよ。(写真は令和7年12月撮影)

さらに頭上を見上げると、大きな櫓(やぐら)が見えます。これこそが官許の芝居小屋である証。櫓は幕府から興行を許可された芝居小屋のみ、上げることができました。これはお城で敵を迎え討つ時に弓矢などを入れた「矢倉」が起源だそうで、弓矢の代わりに800枚もの和紙で作られた2本の梵天(ぼんてん)が立っています。
また、櫓を囲う幕は興行主の紋を染めるのが決まりで、南座を経営する松竹株式会社の社紋が紅白で染められています。この梵天も提灯も毎年、12月に行われる「吉例顔見世興行」の時に新調されるのだそうです。
※吉例顔見世興行=12月、南座に東西の人気歌舞伎俳優が一堂に会する一大興行

入口の扉にもご注目。この美しい扉を見るだけで「これからお芝居を観るんだ!」という高揚感が高まってきます。美しい金具には松竹株式会社にちなみ、松と竹があしらわれているんですよ。作ったのは京都の礒村才治郎商店。横にある照明もとっても美しいですね。

画像提供:南座
いよいよ扉を開けて中へ入ると、赤い絨毯と美しい扉、そして照明がお出迎え。階段の端には朱塗りの欄干と擬宝珠(ぎぼし)が付いています。

画像提供:松竹
ここが1階の廊下。見上げるとアール・デコ様式の模様が施されたぼんぼり型の照明が連なり、さらに天井は漆喰で装飾され、とってもモダン。照明は昭和初期から受け継がれてきたものを修復して使われているのだそうです。

劇場への扉には後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王(おおとうのみやもりよししんのう)ゆかりと伝わる、牡丹唐草段模様(ぼたんからくさだんもよう)が施され、とても重厚な印象です。
3階まである豪華な場内

画像提供:松竹
さあ、中に入ってみましょう。こちらが南座の場内。あまりの大きさにびっくりです。
左右は赤い提灯が下がる桟敷(さじき)席になっていて、とっても華やか。客席は真紅のビロード張りで、背もたれも広くて、ふかふかです。さらに天井は格式高い折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっています。

画像提供:松竹
中央のアール・デコ調の装飾がほどこされたシャンデリアは、宇宙を表現したデザインなのだとか。

舞台の上には、お寺などでよく見られる唐破風(からはふ)が付いています。江戸時代初期の芝居小屋は客席に屋根が無く、舞台の上と桟敷席の上にだけ屋根が作られていました。南座ではその伝統を形として今も残しているのだとか。歌舞伎を上演する劇場の中で唐破風が現存するのは南座だけなのだそうです。

1階の桟敷席も素敵なんです。机付きで、さらに掘こたつ式という特別感のある席で、朱塗りの欄干には豪華な錺金具(かざりかなぐ)や擬宝珠(ぎぼし)が付いています。よくみると先頭だけ擬宝珠がありません。これは舞台が見やすくするために取ってあるのだとか。必要とあれば元に戻すこともできるそうですよ。

他の劇場になくて南座だけにあるものはまだあります。それがこの通路(青い矢印の部分)。通常の劇場ですと客席は花道の左右で分断され、行き来することはできませんが、南座は花道下に通路が作られ、自由に行き来することが可能。これなら一番奥の扉から入らなくても、横の扉からスムーズに客席に入ることができます。これは便利!
花道…歌舞伎の舞台機構のひとつ。舞台に向かって客席の左側に舞台と同じ高さで、客席の後方までまっすぐ貫いている通路。俳優が登場したり、時には芝居を行う

花道の奥の入口は松竹の紋が入った幕がかけられた鳥屋(とや)とよばれる小部屋で、役者が登場したり、時には舟や籠(かご)なども出入りしたりします。花道横の席に座っていたら俳優さんがすぐ横を通るので、ワクワクしますよね。

画像提供:松竹
こちらは3階席。

桟敷上(写真右上)にはアール・デコ調の照明(右下)が下げられ、軒には金の錺金具(写真左下)が付けられています。また天井付近の装飾(写真左上)も間近でみることができるのも嬉しいところ。

画像提供:松竹
これら全体を舞台上から見るとこのような感じ。席は3階席の上の方まであり眺めは圧巻。この中で演じるのは緊張もするだろうけれど、気持ちが良いでしょうね。
幕間(まくあい)のお楽しみ

それぞれの階には写真のように椅子が置かれたロビーがあり、幕間(休憩時間)には、ここでお弁当やおやつを食べることができます。これもまた観劇のお楽しみのひとつ。

1、2階には売店があり、お弁当やおやつ、オリジナルグッズを販売していたり、観劇記念のお土産を買うこともできますよ。

また、各ロビーで階段や照明など少しずつ意匠が異なります。それらを見てまわるのも楽しいので、観劇の際はぜひ探検してみてくださいね。
南座だけの風習

京都の師走の風物詩といわれるのが、南座の吉例顔見世興行とまねき看板です。まねきは、出演俳優の名前をまねき文字という書体で書いた看板。南座にまねきがあがると京都の人々の中で「いよいよ年末だなぁ」という気持ちが高まってきます。
まねきは江戸の芝居小屋から続く宣伝方法ですが、現在も毎年行っているのは南座だけ。墨をする時、お清めと艶出しのために日本酒を加えるのだそうですよ。(写真は令和7年「吉例顔見世興行」より)

画像提供:松竹
また、1階ロビーには、ひいき筋が俳優さんへ贈るご祝儀の竹馬が飾られます。これも南座ならではの風習。芸妓さんや舞妓さんの名前もあり、ロビーはとっても華やかになります。(写真は令和7年「吉例顔見世興行」より)
ライトアップされた南座も素敵

昼間に見る南座も素敵ですが、ライトアップされた建物もまた素晴らしいですよ。デザインは世界的照明デザイナーの石井リーサ明理氏が手掛けています。

そして正面から見るのも華やかで美しいのですが、少し離れた御池大橋や二条大橋から、三条大橋越しに見る夜の南座も風情があるのでぜひ、眺めてみてくださいね。

画像提供:松竹
いかがでしたでしょうか。南座に行ってみたい!と思われた方へ朗報。2026年3月には、映画『国宝』の劇中にも登場した近松門左衛門の代表作のひとつ『曽根崎心中』が、『曽根崎心中物語』と題して新演で上演されます。
天満屋の遊女・お初と醤油問屋、平野屋の手代・徳兵衛を若手人気歌舞伎俳優の中村壱太郎さんと尾上右近さんが役替わりで演じるのだとか。歌舞伎デビューにもおすすめの演目です!
ぜひ、京都にある日本最古の劇場を訪れてみてくださいね。
花形歌舞伎 特別公演
演 目:『曽根崎心中物語』「花形歌舞伎特別対談」
出演者:中村壱太郎、尾上右近
日 程:2026年3月3日(火)~25日(水)
午前の部 午前11時~、午後の部 午後3時~、夜の部 午後6時30分~
※詳細は「歌舞伎美人」HPにてご確認ください。
チケット:発売中
料金(税込):一等席12,000円、二等席7,000円、三等席4,000円、特別席13,000円
■■INFORMATION■■
南座
京都府京都市東山区四条大橋東詰
TEL 075-561-1155
アクセス:京阪電鉄「衹園四条」駅からすぐ/阪急電鉄「京都河原町」駅から徒歩約3分




