わたしの知らない京都が、ここにある。

いくつ集められる?京都府のお城×御城印全19種

京都府内には寺社仏閣がたくさんありますが、実は「お城」もたくさんあるのをご存知ですか?お城好き・歴史好きの方の中で最近話題なのが「御城印(ごじょういん)」です。お城を巡る中で、御朱印ならぬ御城印をいただくのが密かなブームになっています。
今回は、京都府内のお城と、そのお城の御城印をご紹介。季節で変わるものから、地元の特産品を活かしたものまで、個性豊かな御城印がそろっています。ぜひ、お城巡りとあわせて集めてみるのはいかがでしょう。
※場所によっては登山を要する城跡もあります。十分な装備をした上でお出かけください。

【新型コロナウイルスの感染拡大防止対策にご協力お願いします!】
・基本的な感染予防対策(マスクの着用・手洗い・身体的距離の確保など)を徹底してください。
・屋外の活動も慎重にしてください。
・発熱等の症状(発熱、咳、のどの痛み、息苦しさなどの症状)がある場合は、外出を控えてください。

荒廃するお城跡を買い取って復元!?

丹波亀山城址@亀岡市

写真提供:森の京都DMO

丹波亀山城は、1577(天正5)年頃に明智光秀が丹波攻略のために築城しました。その後、江戸時代まで所有者が転々としつつもお城や城下町の整備がされていましたが、明治初期の廃城令で多くの遺構や石垣が各地へと売りに出されてしまうことに。
その後も手入れされることなく城跡は荒れ放題でした。その状況を憂いた民衆宗教・大本の教祖・出口王仁三郎が、1919(大正8)年に亀山城址を買い取り、信徒を動員して石垣を復元!威厳ある形を取り戻して現在に至ります。

丹波亀山城址御城印300円

丹波亀山城址の御城印は、みろく会館総合受付か、大本万祥殿でいただけます。御城印には明智光秀の家紋「水色桔梗」が大きくあしらわれています。和紙の手触りが心地よく、ついつい撫でてしまうほど♪
丹波亀山城址の見学は、大本神苑の拝観券が必要です。拝観券は御城印と同じく、みろく会館総合受付または大本万祥殿で購入できますよ。みろく会館2階にある「ギャラリーおほもと」や神苑内にある「花明山植物園」も拝観できるので、城址と一緒に散策してみてください。

■■INFORMATION■■
丹波亀山城址
住所:亀岡市荒塚町内丸1
電話:0771-22-5561(宗教法人大本)
販売場所:総合受付もしくは大本万祥殿(9:30~16:00)
拝観料:300円
HP:https://oomoto.or.jp/wp/parking/

四季を通して訪れたい!バリエーション豊富な御城印

余部丸岡城跡@亀岡市

写真提供:森の京都DMO

JR亀岡駅から徒歩15分ほどのところにある、西岸寺(さいがんじ)。ここはかつて、「余部丸岡城(あまるべまるおかじょう)」というお城が建っていました。
明智光秀が丹波を攻めた際、周辺の武将たちは戦わずに服属したり逃げたりしていましたが、城主・福井因幡守貞政は籠城することで抵抗したのだそう。最後は本丸で自害し、落城となりました。

余部丸岡城御城印300円

余部丸岡城の御城印は、西岸寺でいただけます。お寺の山門を背景に、力強い文字でデザインされた御城印はインパクト大!

季節限定御城印500円

さらに、色和紙を使い季節のデザインを盛り込んだ限定版もありますよ。写真は左から春・夏・秋・冬のバージョンです。
西岸寺はこじんまりとしたお寺ですが、小高い丘にあるので、庭園から眺める景色は抜群!お寺への参拝もあわせて訪れてみてください。

■■INFORMATION■■
余部丸岡城跡
住所:亀岡市余部町古城39
電話:0771-24-4738(西岸寺)
販売場所:西岸寺(9:00~16:00)
HP:https://www.city.kameoka.kyoto.jp/site/kirin/1252.html

丹波攻めの要所の一つにもなったお城

神尾山城跡@亀岡市

写真提供:亀岡市文化資料館

JR千代川駅から亀岡市ふるさとバス「宮前」下車、そこから徒歩30分ほど歩いたところに「神尾山城跡(かんのおさんじょうあと)」があります。ここは、丹波国の有力者だった波多野清秀の子・柳本賢治(やなぎもと かたはる)の居城として使われていました。光秀の丹波進攻の際には八上城攻めの中継地点としても使われたという伝承も残っています。現在は、石垣や土塁などの遺構が見られます。

神尾山城御城印300円

御城印はシンプルに波多野氏の家紋「丸に堅二引両(たてふたつひきりょう)」のみ。購入は、JR亀岡駅のかめまるマートか、JR亀岡駅から徒歩10分の亀岡市文化資料館でできますよ。神尾山城跡から亀岡駅まで距離があるので、計画的にお出かけください~。

■■INFORMATION■■
神尾山城跡
住所:亀岡市宮前町宮川神尾山3
電話:0771-22-0599(亀岡市文化資料館9:00~17:00※月曜休館)
販売場所:かめまるマート(JR亀岡駅9:00~17:30)、亀岡市文化資料館
HP:https://www.city.kameoka.kyoto.jp/site/kirin/1264.html

プチハイキングで城跡へ

笑路城跡@亀岡市

写真提供:亀岡市文化資料館

「笑路城跡(わろうじじょうあと)」は松尾城とも呼ばれ、城跡がある別院地域の領主であった長澤氏の居城でした。
現在は石垣や櫓台(やぐらだい)などが残っています。登山口の最寄りはバス停「犬甘野口(いぬかんのぐち)」。登山口には獣害対策のフェンスがあるので、しっかりと鍵を閉めてから入ってくださいね。亀岡市のHPではバス停から城跡までの道のりを動画で紹介しているので、参考にしてください。

笑路城御城印300円

笑路城の御城印にデザインされているのは、長澤氏の家紋「二つ引き両」。この家紋は、鎌倉時代に足利尊氏が亀岡で兵をあげた際に、長澤氏が2番目に駆け付けたことに由来するといわれています。
こちらもJR亀岡駅のかめまるマートか亀岡市文化資料館で購入できます。

■■INFORMATION■■
笑路城跡
住所:亀岡市西別院町笑路
電話:0771-22-0599(亀岡市文化資料館9:00~17:00※月曜休館)
販売場所:かめまるマート(JR亀岡駅9:00~17:30)
HP:https://www.city.kameoka.kyoto.jp/site/kirin/1253.html

念願のお城!の寿命は短く…?

園部城跡@南丹市

写真提供:森の京都DMO

JR園部駅から徒歩25分のところにあるのが園部城跡(園部高校)です。なんと、このお城は明治になってから築城された“日本最後のお城”なんです。1619(元和5)年に園部藩ができたものの、幕府からお城を建てる許可が下りたのは250年後!
そして1869(明治2)年にようやく園部城が完成しました。が、しかし、1871(明治4)年の廃藩置県の影響で翌1872(明治5)年4月から城内の建物が払い下げられ、取り壊されてしまいました。なんとも儚い……。
現在は櫓門、巽櫓(たつみやぐら)、番所の3つの建物が残り、京都府暫定登録文化財にも指定されています。園部高校に電話予約すると巽櫓の展示室を見学できますよ。

左:園部城御城印300円、右:デジタル版700円

園部城の御城印は、南丹市立文化博物館と園部文化観光協会で購入できます。写真左は通常版で、お城の紋を背景に園部藩主・小出氏の家紋「丸に額」をあしらっています。
写真右は、昨年に完成した第3弾の御城印。『園部藩参勤交代行列図』の一部が描かれています。

そしてこの御城印、よーく見てください。上部にうっすら見える櫓は、レーザーで彫った透かしなんです!光にかざしたり、色紙の上に置いたりするとまた違った見え方ができて面白いですね。
南丹市立文化博物館では、園部城や南丹市の歴史資料を見ることができます。数奇な運命をたどった園部城の歴史もぜひ見てみてください。

■■INFORMATION■■
園部城
住所:南丹市園部町小桜町63
電話:0771-62-0051(園部高校)
販売場所:南丹市立文化博物館(9:00~17:00、入館料310円)、園部文化観光協会(0771-62-0050)
HP:南丹市文化博物館http://www.be.city.nantan.kyoto.jp/hakubutukan/
園部文化観光協会https://sonobe-kanko.org/

 

キリシタン武将・内藤ジョアンの居城

八木城跡@南丹市

写真提供:森の京都DMO

南丹市にある八木城跡は、城域の広さから黒井城・八上城と合わせ丹波三大山城といわれています。八木城は、内藤氏が丹波守護細川氏の代わりとして住んでいました。
その後、内藤家に婿入りした宗勝とその息子ジョアン(※)が城主となりますが、明智光秀の丹波侵攻によって落城。現在は石垣などが残っています。また、本丸跡は整備され、市内を見渡せる絶景ポイントになっています。
※内藤ジョアン(如安)…キリシタン大名で八木城最後の城主

こちらの御城印は、八木町内の商店街のお店でお買い物するといただけます。取扱店は八木町観光協会でご確認ください。写真左の御城印には、内藤家の家紋「下がり藤」、写真右の御城印にはジョアンの家紋があしらわれています。
また、5月から新御城印が3種類登場予定!詳しくは八木町観光協会(0771-42-5850)までお問い合わせください。

■■INFORMATION■■
八木城跡
住所:南丹市八木町八木
電話:0771-42-5850(八木町観光協会9:00~12:00月・水・金)
販売場所:八木町内の商店街店舗

光秀の丹波侵攻において随一の協力者・小畠氏の居館

宍人城跡(宍人館跡)@南丹市

写真の赤丸部分が宍人館跡、黄色斜線が城跡。写真提供:南丹市立文化博物館

南丹市にある宍人城(ししうどじょう)は、小畠氏によって築城されたと伝わっています。1575(天正3)年に明智光秀が丹波へ侵攻する際、小畠氏は光秀の与力として活躍していたのだそう。ちなみに、城跡は山頂に、小畠氏が居館とした宍人館跡は山の麓にあります。見学する場合は、比較的足を運びやすい宍人館跡がおすすめです。

宍人城御城印300円

御城印は、小畠氏の家紋と、縁のある小出氏の家紋がデザインされています。また、「宍人城」の字は、亀岡市の書家・森与兵衛さんによるもの。園部駅から徒歩20分の犬石書店のほか、南丹市立文化博物館、園部文化観光協会でも購入できます。

■■INFORMATION■■
宍人城跡
住所:南丹市園部町宍人
販売場所:犬石書店(平日9:00~20:00、土曜・祝日10:00~19:00)、南丹市立文化博物館、園部文化観光協会(0771-62-0050)
問い合わせ:見学希望の方はパンフレット記載(P5)の小林様までご連絡ください

初心者でも訪れやすい山城

写真提供:森の京都DMO

「京都の自然200選」に選ばれている琴滝の北側に位置する「須知(しゅうち)城跡」は、南北朝時代に須知氏によって築城されました。こちらも1579年に明智光秀の丹波侵攻の際に落城、その後の侵攻の拠点の一つとなりました。須知城跡は標高384mの山中にありますが、登山道が整備されているので、比較的歩きやすいのがうれしいポイント。

須知城御城印300円。写真提供:京丹波町観光協会

須知城の御城印にデザインされているのは、須知氏の家紋「対い雁」です。こちらは須知城跡登り口・明石(あげし)から徒歩30分ほどのところにある京丹波町観光協会で購入できますよ。
また、須知城跡の近くには明智光秀が再興したと伝わる玉雲寺も。健脚さんは歩いて回ってみてくださいね。

■■INFORMATION■■
須知城跡
住所:船井郡京丹波町市森
電話:0771-89-1717(京丹波町観光協会9:00~17:00)
販売場所:京丹波町観光協会
HP:https://www.kyotamba.org/spot-category/watching/

交通の要所として栄えた城

中畑城跡@京丹波町

写真提供:京丹波町観光協会

南北朝時代に建てられたとされる「中畑城」。北市ノ正(きたいちのかみ)による築城と考えられていて、血筋を辿ると『平家物語』で有名な那須与一の末裔とされるのだとか! 中畑城は、京都と丹後、氷上方面を結ぶ交通の要所として機能していたようです。

中畑城御城印300円

御城印は須知城と同様に京丹波町観光協会で購入できます。こちらは「北」一文字とシンプルな家紋。実は北氏の家紋は不明で、子孫の方が使われている「丸に北文字」なのだそう。
中畑城の主郭跡は見晴らしもよく、ベンチも配されているのでゆっくりと景色を楽しめますよ。

■■INFORMATION■■
中畑城跡
住所:船井郡京丹波町口八田
電話:0771-89-1717(京丹波町観光協会9:00~17:00)
販売場所:京丹波町観光協会
HP:https://www.kyotamba.org/spot-category/watching/

「ドッコイセ♪」でおなじみのお城へ

福知山城@福知山市

写真提供:森の京都DMO

お城ファンの中でも人気が高い「福知山城」は、明智光秀が丹波平定の折に築城しました。堂々たる存在感を放っていますが、当時から残るものは石垣と銅門番所(あかがねもんばんしょ)のみで、そのほかは廃城令によって解体されてしまいました。現在の天守閣は「瓦一枚運動」など、市民の熱意で1986(昭和61)年に再建されたものです。

福知山城御城印300円

福知山城の御城印は、天守閣でいただけますよ。中央の「福知山城」の文字は古文書からとっているのだとか。天守閣の中は展示室になっていて、明智光秀や福知山城に関する資料を見ることができます。貴重な資料とともに福知山城の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょう。
福知山城を徹底解剖した記事はこちら↓

www.kyotoside.jp

■■INFORMATION■■
福知山城
住所:福知山市字内記5
電話:0773-23-9564
時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館 火曜日(祝日の場合は開館、翌日休み)
料金 大人330円、小中学生110円
販売場所:福知山城天守閣受付(9:00~16:30)
HP:https://www.fukuchiyamacastle.jp/

福知山の町を一望できる城山公園

猪崎城跡@福知山市

写真提供:福知山市観光協会

福知山市の三段池公園内にある「猪崎城跡」は、塩見利勝が築城したお城です。その後、息子である家利が城主となりましたが、1579(天正7)年に明智光秀の侵攻が迫ってくると、家利は城に火を放ち討死したと伝わっています。
現在は城山公園として整備され、曲輪跡や土塁などを見ることができます。主郭跡の広場は標高65mあり、福知山城を眼下に見ることができますよ。

猪崎城御城印300円

猪崎城の御城印は、光秀の「水色桔梗紋」と、塩見氏の「三階菱」をデザイン。販売場所はJR福知山駅(北口)にある福知山観光協会と、ゆらのガーデン内にある福知山城おみやげ処です。

■■INFORMATION■■
猪崎城跡
住所:福知山市猪崎
電話:0773-22-2228(福知山観光協会)
販売場所:福知山観光協会(9:00~18:00)

菩提寺とあわせて周ってみて!

河守城跡@福知山市

写真提供:福知山市観光協会

河守城(こうもりじょう)は、新治(にんばり)利照によって築かれたと伝わるお城です。約200年の間、新治氏の居城でしたが、上原氏・物部氏に滅ぼされた後は上原氏が城主として住んでいました。丹波平定後は、福知山城から天橋立に向かう光秀と細川幽斎・忠興親子が途中で立ち寄ったと伝わっています。

浄仙寺。写真提供:福知山市観光協会

城址への登山口は、新治氏の菩提寺でもある浄仙寺の裏側にあります。比較的きれいに保存されていて、土塁や切岸が見られますよ。

河守城御城印300円

御城印にデザインされているのは新治氏の家紋「笹竜胆(ささりんどう)」。こちらも、猪崎城の御城印同様、福知山観光協会と福知山城おみやげ処で購入できます。

■■INFORMATION■■
河守城跡
住所:福知山市大江町河守
電話:0773-22-2228(福知山観光協会)
販売場所:福知山観光協会(9:00~18:00)

綾部市の特産品・黒谷和紙の御城印は必見

山家城址@綾部市

写真提供:綾部市観光協会

標高236mの甲ヶ峯山頂に築かれた山城「山家城(やまがじょう)」は、甲ヶ峯城(こうがみねじょう)とも呼ばれています。戦国時代には和久氏が居城していたと伝わっています。丹波侵攻の際に落城し、その後、江戸時代に山家地区を治めていた谷氏が山家陣屋を建てました。
登城は山家城址公園の近くにある伊也神社から。参道や案内板が整備されているので、初心者でも安心して登ることができますよ。

左:黒谷和紙700円、右:通常版300円

山家城址の御城印は2種類。写真左は、京都府指定無形文化財の黒谷和紙を使っています。一枚一枚を職人の手仕事で作るので、他の和紙とは触り心地が全く違う……!
左上にあしらわれているのは、谷氏の家紋「揚羽蝶」です。家紋は渋いものが多いイメージですが、蝶々だと華やかに見えますね♪
御城印はJR綾部駅前のあやべ観光案内所と山家公民館で購入できます。

■■INFORMATION■■
山家城址
住所:綾部市広瀬町上ノ町76
電話:0773-42-9550(あやべ観光案内所)
販売場所:あやべ観光案内所(JR綾部駅8:30~18:00)、山家公民館(8:30~17:00)
HP:https://www.ayabe-kankou.net/spot/kougamine/

宇治茶の老舗とゆかりのあるお城

上林城址@綾部市

山頂、突出した木が見えるあたりが本丸跡。写真提供:綾部市観光協会

1350(貞和6)年、丹波氷上郡で権力を持っていた赤井氏の一人・赤井秀家が、功を立てた際に足利尊氏から上林の地を与えられたことから、上林の姓を名乗ったと言われています。その後に上林城(かんばやしじょう)を築城し、代々城主として治めていました。しかし、1575(天正3)年に高田治忠によって城を占拠され落城。

:本丸跡。現在は公園として整備されています。写真提供:綾部市観光協会

その後1601(慶長6)年に、織田氏の血を継ぐ藤懸永勝が、上林城址の麓に藤懸陣屋を構え、旗本として明治まで治めていました。

上林城址御城印300円

上林城の御城印は、上部に上林氏の「三つ柏紋」、下部に藤懸氏の「丸に三文字」、そして背景には上林家ゆかりの茶葉をあしらっています。(上林家は1504(文亀4)年頃には宇治で茶園を持っていました。現在は宇治市にある上林春松本店になっています)
御城印の購入はあやべ観光案内所のほか、綾部市観光センターでも取り扱っています。

■■INFORMATION■■
上林城址
住所:綾部市八津合町城下1
電話:0773-42-9550(あやべ観光案内所)
販売場所:あやべ観光案内所(JR綾部駅8:30~18:00)、綾部市観光センター(8:30~17:00)
HP:https://www.ayabe-kankou.net/spot/kanbayashijyoshi/

猪崎城ともつながりがあったお城

小畑城址@綾部市

写真提供:綾部市観光協会

標高103mの丘陵地に位置する小畑城址は、波々伯部(ほうかべ)氏の山城でした。やはりこの城も明智光秀の丹波攻めにより落城、波々伯部氏は滅亡したと伝えられています。ちなみに、福知山市の猪崎城主・塩見家利の正室は、波々伯部氏の出身でした。猪崎城が攻められた際、実家である小畑城へ逃げようとしますが、道中で討たれ、そのまま小畑城も攻められたのだそう。

小畑城址御城印300円

御城印には波々伯部氏の家紋「対い鶴丸」がデザインされています。
あやべ観光案内所と、里山ねっと・あやべで購入できますよ。また、山家城、上林城、小畑城の御城印は、綾部市観光協会のHPから取り寄せることも可能。「買い忘れた!」という方はぜひご利用ください。

■■INFORMATION■■
小畑城址
住所:綾部市小畑町松原
電話:0773-42-9550(あやべ観光案内所)
販売場所:あやべ観光案内所(JR綾部駅8:30~18:00)または里山ねっと・あやべ(9:00~17:00)
HP:https://www.ayabe-kankou.net/spot/obatajyoshi/

明智光秀が築いた巨大な山城

周山城址@京都市京北

天守台周辺等の石垣遺構。写真提供:周山城址を守る会

京北周山町にある「JR西日本バス京北合同庁舎前」から1時間ほど歩くとたどり着く「周山城址」。こちらは、1579(天正7)年に明智光秀によって築城されました。周山城は、城山の標高480mの場所にあり、東西約1.3㎞、南北約0.7㎞と、安土城に匹敵する規模のお城でした。現在も、石垣や城壁などの遺稿を400年前のままの姿で見ることができます。

左:周山城御城印300円、右:400円

周山城址の御城印は、山の麓にある「慈眼寺(じげんじ)」でいただけます。通常版には、周山城の石垣と桔梗紋を、金文字で手書きされた御城印には天守台と光秀の花押があしらわれています。
慈眼寺では、逆臣の汚名から真っ黒に墨で塗られた「くろみつ大雄尊」と呼ばれる、明智光秀公の像が祀られていますよ。ぜひ併せて参拝してくださいね。

※周山城址へは約1時間の登山となります。十分な装備をしてお出かけください。

※登城の際は、「周山城址を守る会」会長の栗山さんにご連絡いただければ、会員さんによる随行説明をしてくれますよ。

■■INFORMATION■■
周山城址
住所:京都市右京区京北周山町城山
城址に関するお問い合わせ:周山城址を守る会 会長 (090-5012-9497)
販売場所:周山 慈眼寺(075-852-0213)
HP:https://jigenji.kyoto/

森の京都エリアの御城印をコンプリート!

ここまでご紹介した16のお城・御城印は、森の京都エリアのものです。
森の京都DMOでは、「森の京都 御城印めぐり」企画を実施中!HPには御城印マップも掲載されているので、ぜひ、お城と一緒にめぐって制覇してみましょう!

光秀の娘・ガラシャと細川忠興が過ごしたお城

勝龍寺城@長岡京市

JR長岡京駅から10分ほど歩いたところにある勝龍寺城は、光秀の娘・ガラシャ(玉)と夫である細川忠興が過ごしたお城です。2人は1578(天正6)年に結婚、婚礼の儀をこの地で行い2年ほど住んでいました。現在は勝竜寺城公園として整備され、毎年11月の第2日曜日には、玉の輿入れ行列を再現した「長岡京ガラシャ祭」が開催されます。公園内には「勝龍寺城歴史ミュージアム」があり、光秀とガラシャ、細川藤孝・忠興にまつわる物語を映像やパネルで見ることができますよ。

左:細川ガラシャ版300円、右:細川藤孝書状版300円

勝龍寺城の御城印は、長岡京市観光案内所(阪急長岡天神駅西口)、長岡京市観光情報センター(JR長岡京駅西口バンビオ1番館2階)、長岡京@Navi(阪急西山天王山駅東口)で購入できます。また、土・日・祝日は勝竜寺城公園でも販売していますよ。
御城印は2種類あり、どちらも細川家の家紋「九曜紋」をデザイン。また、細川ガラシャ版の文字は勝龍寺住職の筆を、細川藤孝書状版は、藤孝(忠興の父)の書状の文字をもとにしています。

さらに、6月には第3弾となる明智光秀版の御城印が登場予定!明智家の「桔梗紋」と、山崎の戦いに敗れた光秀が脱出に使ったと伝わる勝龍寺城北門の石垣をデザイン。文字は地元の立命館高校の生徒の筆を使用しています。
ぜひ現地で確認してみてください。

■■INFORMATION■■
勝龍寺城(勝竜寺城公園)
住所:長岡京市勝竜寺13-1
電話:075-955-9515(長岡京市商工観光課)
時間:9:00~18:00(11~3月は~17:00)
料金:無料
休み:12月28日~1月4日
販売場所:長岡京市観光案内所など(9:00~17:00水曜休※4・5・6・11月は無休)

細川家・京極家・牧野家の家紋を印す御城印

田辺城@舞鶴市

写真提供:田辺城資料館

舞鶴市にある田辺城は、1582(天正10年)の本能寺の変後に細川幽斎が隠居場所として築城したお城です。幽斎が居城とした後も、京極氏や牧野氏が住まい、約290年間使用されていました。1873(明治6年)に廃城され、現在は本丸付近が舞鶴公園として整備されています。

田辺城御城印300円。写真提供:田辺城資料館

田辺城の御城印がこちら。左上は牧野氏の家紋「丸に三つ柏紋」、右上が京極氏の家紋「隅立四つ目紋」、左下と右下はそれぞれ細川家の家紋で、「桐紋」「九曜紋」がデザインされています。中央は、舞鶴公園内に復元された、田辺城の二層櫓。
御城印に4つも家紋が描かれているのはレアかもしれませんね。

■■INFORMATION■■
田辺城(田辺城資料館)
住所:舞鶴市字南田辺15-22
電話:0773-76-7211
料金:200円
休み:月曜(祝日の場合は翌々日休)、祝日の翌日、年末年始
販売場所:田辺城資料館(9:00~17:00※最終入館16:30)
HP:https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/0000005026.html

徳川幕府の始まりと終わりを見届けたお城

元離宮二条城@京都市

写真提供:二条城事務所

京都市内にあり、超人気観光スポットとして有名な「元離宮二条城」。ここは、1603(慶長8)年に徳川幕府初代将軍家康が京都御所の守護と将軍上洛の宿所として築城しました。3代将軍家光の時代に、後水尾天皇行幸に伴い、大拡張・大改修を行い、ほぼ現在の規模になりました。
そして時は流れ1867(慶応3)年、15代将軍慶喜は大広間で大政奉還の意思を表明しました。徳川家の栄枯盛衰と日本の歴史の移り変わりを見守ってきた二条城は、一度は訪れたいお城です。

左:入城記念符(通常版)300円、右:限定版入城記念符500円

二条城の入城記念符(御城印)は、城内にある京都市観光協会二条城売店で購入できます。中央に葵の紋を据えたシンプルなデザインですが、歴史の大舞台でもあり、世界文化遺産でもある重みが感じられます。ちなみに、この通常版のほかにも、季節によって限定版が販売されています。写真は2022年の限定で、竹林群虎図をモチーフに家紋が銀でデザインされています。

写真提供:京都市観光協会

また、お寺や神社の御朱印と御城印を分けたい!という人にはこちらもおすすめ。
二条城御城印帳(2860円)は『虎図』をモチーフにした装丁で、御城印を貼らずに収納できるポケットタイプです。たくさんのお城をめぐったら、御城印も大事に収納しましょう♪

■■INFORMATION■■
元離宮二条城
住所:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
電話:元離宮二条城075-841-0096、二条城売店075-811-0128
時間:8:45~16:45
料金:二条城入城は1030円(令和4年6月1日以降は1300円)
休み:12月29~31日※二の丸御殿は1月・7月・8月・12月の毎週火曜日、12月26~28日,1月1~3日 が観覧休止日
販売場所:京都市観光協会二条城売店(元離宮二条城大休憩所内)
HP:https://nijo-jocastle.city.kyoto.lg.jp/

 



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