京都の伝統工芸品のひとつ“京くみひも”は和装の世界にとどまらず、アパレル、アクセサリー、インテリアなどさまざまなシーンで大活躍しています。今回は京都府宇治市に本社を構える「昇苑くみひも」を訪ね、組紐の魅力とものづくりにかける思いを取材してきました。
まずは基本から!組紐の歴史を辿る
そもそも「組紐」とは、複数の糸で作った束を3つ以上交差させて作った紐のことです。みなさんお馴染みの“三つ編み”がもっとも代表的な基本構造。「組台」と呼ばれる道具を用いて糸を編み合わせることできめ細やかで複雑な模様が美しい紐となります。
実は、世の中のほとんどの紐が組紐だと教えてくれたのは、昇苑くみひもの営業・能勢将平さん。同じ構造をもつ紐が世界各地にあり、日本では「組紐」と呼んでいるとのこと。
組紐のルーツは世界各地に見られ、日本では縄文時代まで遡ります。縄文土器の模様からもわかるように、もともとは簡素な紐でしたが、その後、大陸から仏教の伝来とともに優れた組紐の技術がもたらされ工芸品として発展。平安時代には仏具や神具、貴族の装束などさまざまな用途で重宝され、都が置かれた京都で独自の進化を遂げます。
武士の時代には甲冑や刀の装飾として、茶の湯文化が花開くと掛け軸や茶道具を包む仕服として、江戸時代以降は着物の帯締めとして……、組紐は長きにわたり京都の文化を支えてきました。
現在、西陣織や清水焼などとともに世界に誇る伝統工芸製品として“京くみひも”と呼ばれ、今もなお、その精巧な技術と美しさは見る者を魅了します。
“京くみひも”ができあがるまで
組紐の魅力を世界へ発信!昇苑くみひも
1948(昭和23)年、ここ宇治の地で創業した昇苑くみひもは、帯締めや髪飾りなどの和装小物を作る工房として始まりました。創業後まもなく、機械化の流れにより「製紐機(せいちゅうき)」と呼ばれる紐を組むための機械を導入。以来、昔ながらの道具を使って1本1本の紐を組む「手組」と製紐機を用いた「機械組」の2つの方法を両立させながら組紐を製造しています。
和装で培った技術を活かしたものづくりを行う昇苑くみひも。組紐の可能性を広げるべく、常に新しい組紐の役割を探すとともに、世界にその魅力を発信しています。能勢さんに工房と工場を案内していただきました。
まずは組紐に使う糸の準備から
まずは組紐に使う糸を準備するところからはじめます。糸を染める「染色」(上写真)、染色した糸を木管に巻き取る作業「糸繰り」、設計図通りに糸を束ねて紐の太さや配色を決める「経尺(へじゃく)」という基本的な工程があります。この工程を経て、手組もしくは機械組のいずれかで組んでいきます。
昔ながらの「手組」とは?伝統工芸士のお仕事拝見
組紐をつくる組台は角台・丸台(上写真)・綾竹台・高台の4種類。紐の用途やデザインによって使い分けます。いずれも木玉に巻かれた糸の束を順番に組んでいくという作業は同じ。模様を作り出す設計図「綾書き」を見ながら正確に木玉を操ります。
こちらは中央の穴から紐が組み下がっていく仕組みの丸台。丸紐と平紐の両方作ることができます。
こちらは京都で羽織紐をきれいに作るために生まれたと言われる角台(かくだい)。主に丸紐や角紐などを作ることができます。目の前にできあがった紐が組み上がってくるので、初心者の体験にも用いられる道具。
平らで複雑な紐を組む場合は、織機のような形をした高台や綾竹台を使います。写真は高台。台の左右にぶら下がったたくさんの木玉を一つずつ順番に反対側へ通し、そのたびにヘラで叩いて締めていくというもの。
糸を通す順番や場所を一度でも間違えると正しい模様がでないため、かなりの集中力を要します。組紐に出合って半世紀、伝統工芸士でもある組紐職人の梅原初美さんに一番難しいところを聞いてみました。
「40におよぶ木玉を操りながら、左右交互の手にヘラを持ち替え組んでいきます。一定のリズム、手の角度、力加減で最初から最後まで規則正しくヘラで叩かないと、同じ幅のまっすぐと美しい紐にならないんです。それを10時間くらい続ける精神力が必要ですね」
組み方のバリエーションが無数にある組紐の世界。一つひとつ極めるまでに膨大な時間を要するため、すべてマスターすることは難しいと言います。職人さんごとに得意とする組み方があり、マルチに活躍する職人さんはほんの一握りなんだとか。
組紐作りでは特に、構造を3次元で理解する高い能力が求められます。組み方の順番を間違った時、きれいに糸をほどいて間違ったところまで戻れることが何よりも大事だと能勢さんは教えてくれました。
「手で糸をほどいて元に戻していくときこそ、構造を理解していないとできません。だから“手ほどき”という言葉があるんだと、とある熟練工から教えてもらいました。そうすることで理解が深まり学びに繋がる、物事のすべてがそうだなと。1本の紐から教えてもらうことがたくさんありますね」
「機械組」とは?レトロな製紐機がずらり
工場にはレトロな製紐機がずらり約70台並び、ガシャンガシャンとリズミカルな音が聞こえてきます。なかには60年以上使い込まれた機械もあるんだとか。
製紐機にはベルトと歯車が付いていて、なんと2つのモーターだけですべての機械が動いています。工場内はまるでからくり屋敷のよう。
製紐機が手組と同じ動きを繰り返すことで組紐ができあがります。糸のサイズや色、素材の種類によって糸の滑りやすさが違うため、熟練工による繊細な調整は欠かすことができません。手組のノウハウがあるからこそ、機械組でも手組み同様の品質が実現できると言います。
地域をあげてワンチームで作り上げる商品
糸染めから製品化まで一貫製造にこだわる昇苑くみひも。糸を作り、紐を組む技術に加えて、製品加工を担っている作り手が多数在籍しています。(上写真)
「一貫することで組紐のことをより深く知ることができ、お客様への提案の幅が広がるとともに、さらにはお客様の商品開発のアイデアにも繋がります」と能勢さん。
加工場では和装で長年培ってきた加工技術を活かし自社オリジナル商品のほか、顧客からのさまざまな依頼に基づき、作り手が製品加工を行います。仏具、法衣、帯締め、扇子の飾り、インテリア、アクセサリー、ファッションアパレル、建築……とジャンルは多岐にわたります。
製品加工は全行程が手作業。社内の十数名の作り手に加えて、昇苑くみひもの技術を有する作り手約80名が内職というかたちで活躍しています。いずれも宇治市在住の20~70代の女性で、そのスタイルは50年以上前から変わらないそう。
「一度技術を身につけると自分らしい働き方でずっと仕事を続けることができるのでとってもありがたい、そんな声が大勢の作り手さんから届きます。定年を設けてないので超ベテランの作り手さんも大活躍中で、高齢でもとにかくみなさんパワフルなんです。指先を動かすことが健康に繋がっているとしたらとても嬉しいですね。新規メンバーも募集中です」と能勢さんが教えてくれました。さらにこう続けます。
「作り手さんは製品加工の一部だけを担うことから、自分たちの仕事がどんな風にお客様に喜んでもらえているのかイメージしづらい状況でした。それをきちんと伝えることが作り手の皆さんのモチベーションに繋がり、結果、よりよいものづくりができているのではないかと考えます」
その一つが自社オリジナルの組紐雑貨が多数並ぶショップ、宇治本店だと言います。
『源氏物語』にちなんだ雅やかなアイテムも!オリジナル商品が揃う宇治本店
創業者の生家をリノベーションした宇治本店は2018年にオープン。京情緒あふれる店内には、帯締めやアクセサリー、キーホルダー、カードケース、さらには靴紐まで、組紐の魅力が引き立つ商品がたくさん。広々とした中庭(下写真)も癒しを与えてくれます。
「新しい役割を創造する力とアイデアを形へと変える力を融合させることのできるチームワークが弊社の強み。商品開発は従業員みんなが欲しいものを作ります。企画会議でアイデアを持ち寄り、みんなでワイワイ楽しくやっています」と能勢さん。
定番のほか、大河ドラマの舞台ならではの『源氏物語』にまつわる商品も販売中。
平安貴族が日本の四季の暮らしの中で、独特な美しい色調を作り出し装束を彩った「襲色目(かさねいろめ)」。
『源氏物語』に登場する代表的な襲色目の配色をキーホルダー(上写真、1650円)やカードケース(下写真、11000円)に。キーホルダーは光源氏が愛した4人の女君、紫の上、明石の上、花散里、空蝉を象徴する色の組み合わせからインスピレーションを受けて商品企画されたもの。
正絹の組紐を縫い合わせて作ったカードケースは、紅梅の匂、紫の匂、山吹の匂、蘇芳の匂、萌黄の匂と全5種類スタンバイ。
正絹 髪飾り コーム(3300円)。6色の小花と揺れる房はすべて組紐で、優しい表情が魅力です。これからの時期、浴衣に華やかさをプラスしてくれる大活躍のアイテム。
正絹 帯締め 金剛組(17600円)。手組みで作られた帯締めはよくしなり使いやすさも抜群。ポップな色柄が大人気。帯締めは組み方や配色を選べるお誂えも可能です。
正絹 江戸打ち 二重巻きブレスレット(2200円)。ほどよい光沢の江戸打ち紐を使ったブレスレットは、小田巻の小さな玉がアクセント。
正絹 大田巻(おだまき)キーホルダー(1100円)。組紐の玉「小田巻」が愛らしい。実は、大きな小田巻を作るには高度な技術が必要なんだそう。ちなみに小田巻は糸の切れ目が見えないが故に「物事が繰り返す=縁が途切れず続く」と考えられ、縁起物とされています。
京くつひも(1650円)。デザイン性と機能性を両立させるため、開発に1年かかったというこだわりの商品。スニーカーをぐんとお洒落にしてくれます。なんと京都マラソンや全国女子駅伝の記念品としても起用された、大活躍のアイテム!
組紐の技術を未来へ継承
一般の方々に向けて組紐教室を開催するなど、技術の伝承にも力を注ぐ昇苑くみひも。組紐の作り手が減ってきている昨今、全国各地からさまざまな相談がやってくると言います。
「作り手がいなくなってしまった組紐は、誰かが技術の伝承をしていかないと途絶えてしまうので……。職人と相談しながら組紐の構造を紐解き、なんとかお力添えできないか可能性を探ります。伝承にも繋がる上、知らない技も習得できるなんて、こんないいことはありませんね」と能勢さんは教えてくれました。
さらに、各時代の職人の足跡を、工芸品を通じて垣間見ることができるのが伝統産業の醍醐味であると考える能勢さん。
「『1000年も前にこんなすごい組み方が開発されているなんて!誰か気づいてる?!』みたいな(笑)。いつまで経ってもこのワクワク感がたまりませんね。先人が積み重ねてきた奥の深い組紐の技術を日本の文化として未来に継承したい、そう強く願います。従業員一同、組紐の可能性を信じ、常に新しいアイデアを出してチャレンジする。ものづくりを日本で一番エンジョイしているのは、もしかすると僕たちかもしれません(笑)。これからも組紐によって繋がったご縁を大切に、この宇治の地から世界へ、組紐の魅力をお届けしたいと思います。」と最後に生き生きとした表情で意気込みを語ってくれました。
■■INFORMATION■■
昇苑くみひも 宇治本店
0774-66-3535
京都府宇治市宇治妙楽146–2
10:00~17:00
無休
JR「宇治駅」から徒歩8分
▶京くみひも作り体験に関する記事はこちら
https://www.kyotoside.jp/entry/dentou-kougei/