「かな文字」が広く普及し始めた平安時代、感情や思いをより豊かに表現できるようになり、『源氏物語』をはじめとした王朝文学が花開きました。
大河ドラマ「光る君へ」(NHK)の中でも数多くの平安文学作品が登場しており、ストーリーに深みを持たせています。今回は、劇中に出てきた平安文学作品をセレクトしてご紹介します。
『竹取物語』~かぐや姫が月へ帰るまでの物語~
『竹取物語』は平安初期に書かれた、現存する日本最古の「物語」です。
物語ができた年代や作者については、現代でも不明のままとなっており、現代に生きる私たちにとっては「かぐや姫」のお話として伝わっています。
『竹取物語』のお話の内容は、竹から生まれ、竹取の翁(おきな)に育てられ美しく成長した“かぐや姫”が、貴族の青年たちや帝の求愛をも拒絶し、月へと帰っていくまでの物語となっています。
ドラマの中では、第4話にて、土御門邸で開かれた源倫子(ともこ/演:黒木 華)や赤染衛門(演:凰稀かなめ)らが集うサロンで『竹取物語』を題材に女子トークがなされました。「かぐや姫はなぜ、五人の公達に無理難題を突きつけたのか?」という問いに、まひろ(演:吉高由里子)は「かぐや姫は、やんごとなき(身分が高い)人々への怒りと蔑みがあったのではないか」という持論を展開しました。
平安時代の貴族や宮中の女房たちなどに、よく読まれていた物語だったようです。
『蜻蛉日記』~高貴な男性に嫁いだ妻の心情を赤裸々に描いた日記~
『蜻蛉(かげろう)日記』は、藤原道長(演:柄本 佑)の父・藤原兼家(演:段田安則)の妾・藤原道綱母(演:財前直美)が、高貴な男性である兼家へ嫁いだ日々を日記にしたためたもので、平安時代の女流日記として代表的な作品です。
劇中でも、第6話の源倫子のサロンで『蜻蛉日記』を元にした女子トークが描かれたり、第15話ではまひろが石山寺で藤原道綱母と邂逅する場面が描かれました。当時、すでにこの自伝とも言える日記は世間的に流布されており、高貴な男性へと嫁いだがゆえの歎きや苦悩といった心情を赤裸々につづった表現は、『源氏物語』などの後に続く文学作品にも大きな影響を与えました。
作者である藤原道綱母といえば、歌人としても知られており、百人一首の中の
歎きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
(あなたが来ないのを嘆きながら、一人寝る夜が明けるまでの間がどんなにか長いものであるかをあなたはご存じでしょうか。いいえ、おわかりではないでしょうね)
という歌でも知られています。『蜻蛉日記』には、歌人としての彼女の秀逸な和歌もたくさん織り込まれています。
『伊勢物語』~在原業平を思わせる男を主人公に描かれた歌物語~
『伊勢物語』は平安時代に書かれた、現存する日本最古の「歌物語」です。
正確な成立年代や作者は不明ですが、美男として知られる平安初期の貴族・在原業平を思わせる主人公の生涯を、恋愛を中心に、友情、流浪、離別を和歌とともに短いエピソードで描かれ、その後の文学や和歌に大きな影響を与えました。
冒頭は「むかし、男ありけり」で始まるものが多く、物語を知らなくてもこのフレーズに聞き覚えがある人は多いのではないでしょうか。
ドラマの第6話で描かれた道長とまひろの手紙のやりとりでは、道長が
ちはやぶる 神の斎垣も 越えぬべし 恋しき人の 見まくほしさに
と歌った手紙をまひろに送っています。この歌は『伊勢物語』の中にある
ちはやぶる 神の斎垣も 越えぬべし 大宮人の 見まくほしさに
(神を祭る神聖な垣根も越えてしまいそうです。都人を一目見たさに)
を引用しており、道長のまひろへの愛が綴られています。
『枕草子』~宮中での日常を中心に書き留めた随筆(エッセイ)~
『枕草子』は、平安中期に書かれた日本で最初の「随筆文学」です。
清少納言の豊かな観察眼を通し、巧みな表現で端的に書き留められたこの随筆文学は「をかし」(明朗で知性的な感覚美)の文学ともいわれており、鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』と並んで「日本三大随筆」のひとつとされています。
古典の授業などで耳馴染みのある「春はあけぼの」、この文章から始まる第一段を暗誦された方も多いのではないでしょうか。
劇中では、第15話でききょう(演:ファーストサマーウイカ)が、一条天皇の中宮・藤原定子(さだこ/演:高畑充希)に「清少納言」の名を賜りました。
清少納言は、一条天皇のもう一人の中宮となる藤原彰子に仕えた紫式部とはライバル関係にあったといわれており、『紫式部日記』の中で紫式部が清少納言を批判している記述もあります。しかし、現代では“二人が同時期に同じ宮中にいたことはなかった”と考えられています。
『小右記』~摂関期の宮廷社会 を記録した日記~
『小右記(しょうゆうき)』は、藤原道長・頼通親子が一大勢力を築いた摂関期の宮廷社会を記録した日記です。作者は平安中期の公卿(くぎょう)・藤原実資(さねすけ)。有職故実に精通した当代一の知識人である実資によって、およそ63年にも及ぶ宮廷社会や政治、宮中の儀式などが詳細に書かれているとともに、実資自身の感情も記されています。
『小右記』には道長が宴の席で即興で詠んだ有名な和歌、「望月の歌」
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることもなしと思へば
(この世は私のためにあると思える。なぜなら、私には満月のように欠けるたところがないのだから)
も書き留められており、この時代を知ることができる貴重な歴史資料でもあります。
ドラマでの実資(演:ロバート秋山)は、時に毅然と、そして時にはコミカルに、この時代を生きた重要人物として描かれています。第12話では病床の床に伏せていた実資のもとに、藤原宣孝(のぶたか/演:佐々木蔵之介)によって届けられたまひろとの縁談を「鼻くそのような女との縁談あり」と日記に記すシーンが描かれています。
今回は劇中に登場した平安文学作品をいくつかご紹介しましたが、これらの作品の概要を知っていると、ドラマをさらに深く、この先の展開も楽しめるかと思います。興味を持たれた方はこの機会にぜひ、平安文学に触れてみてくださいね。
<参考文献>
『平安 もの こと ひと事典』(砂崎良著/朝日新聞出版発行)
『紫式部と源氏物語 京都平安地図本』(鳥越一朗著/株式会社ユニプラン発行)
『新訂総合国語便覧』(第一学習社発行)